甲府地方裁判所 昭和55年(ワ)144号 判決 1980年11月11日
原告
古屋淳
ほか二名
被告
熊山昌弘
主文
一 被告は、原告らそれぞれに対し、各五四九万五七二七円〔更正決定各三三九万五七二七円〕及び右各金員に対する昭和五五年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は四分し、その一を被告、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は第一項につき仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告古屋艶子に対し二四一四万二七八二円、同古屋淳及び同古屋美恵それぞれに対し各二二一四万二七八二円、及び右各金員に対する昭和五五年五月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第1項につき担保を条件とする仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 身分関係
原告古屋艶子(以下「原告艶子」という。)は、亡訴外古屋功(以下「亡功」という。)の妻であり、原告古屋淳及び同古屋美恵(以下それぞれ「原告淳」、「原告美恵」という。)は、それぞれ亡功の子である。
2 事故の発生
(一) 日時 昭和五四年一〇月一〇日午前一時ごろ
(二) 場所 甲府市下飯田一丁目一三番九号先市道上
(三) 加害車 普通乗用自動車
右運転者 被告
(四) 被害者 亡功
(五) 態様 右同所付近を発進し、同市道上を緩やかな速度で進行する加害車を停止させようと同車右外側ドアの取つ手(ノブ)をつかんでいた亡功を、加害車を急加速することにより同所に転倒させた。
3 責任原因
被告は、加害車の運転手として、亡功が加害車のドアの取つ手(ノブ)につかまつていたのであるからこれを急加速するときは同人を路上に転倒させ、死に到らしめることがあるかもしれないことを認識し、加害車の急発進を避ける等の注意義務があるのにこれを怠り、加害車を急発進させ本件事故を発生させたものであるから、亡功及び原告らに生じた後記損害につき、民法七〇九条、七一一条により、これを賠償すべき責任がある。
4 損害
(一) 亡功の死亡
亡功は、本件事故により、頭蓋骨々折、急性頭蓋内血腫の傷害を受け、これによる硬膜下血腫、脳圧迫等により同月一三日午後二時二三分、山梨県立中央病院において死亡した。
(二) 亡功の損害額
これらはいずれも原告らが各三分の一宛相続した。
(1) 入院関係費等 八万二七〇六円
(イ) 入院治療費 二万四五九〇円
昭和五四年一〇月一〇日から同月一三日まで四日間山梨中央病院に入院した治療費
(ロ) 付添看護料 一万一二〇〇円
入院中付添看護料一日二八〇〇円で四日間
(ハ) 休業四日間の損失 三万二九一六円
(ニ) 入院中の苦痛に対する慰謝料 一万一二〇〇円
(ホ) 入院中の諸雑費 二〇〇〇円
(ヘ) 文書料 八〇〇円
(2) 逸失利益 六四〇七万八三四七円
亡功は死亡当時三七歳で、稼働可能年齢六七歳までと考えられ、その収入は月平均四二万三一一七円を得ていたから、中間利息をホフマン方式で算出して控除するとその逸失利益は頭書のとおりとなる。
(3) 死亡に至る苦痛の慰謝料 八〇〇万円
(三) 原告らの損害額
(1) 葬儀費等 三二五万円
原告ら各三分の一宛出費した。
(イ) 葬式費用 一一〇万円
(ロ) 墓地購入費 一五万円
(ハ) 石碑及び付属品の建立費 二〇〇万円
(2) 原告三名の亡功を失つたことによる慰謝料
一一〇〇万円
原告艶子 五〇〇万円
同淳 三〇〇万円
同美恵 三〇〇万円
(3) 弁護士費用 二一〇万円
原告ら各七〇万円出費した。
(四) 損害のてん補
原告らは、自賠責保険より二〇〇八万二七〇六円の支払を受けたのでそれぞれその三分の一宛損害をてん補された。
(五) 総計
(1) 原告艶子 二四一四万二七八二円
(2) 原告淳及び同美恵それぞれ二二一四万二七二八円
5 よつて、原告らは、被告に対し、不法行為に基づき、原告艶子において二四一四万二七八二円、同淳及び同美恵において各二二一四万二七二八円及び右各損害金に対する不法行為の後である昭和五五年五月一五日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、被告が、原告ら主張の日時場所において亡功が加害車側面にいた際に、同車を急発進させた事実は認め、その余の事実は否認する。
被告が加害車を発進させた時、亡功は同車の運転席側のドアーのノブをつかんでおらず、その際同人が転倒したこともない。同車の発進と亡功の転倒との間には因果関係がない。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実のうち、(一)の事実中、本件事故との因果関係を除くその余の事実及び同(四)の各事実を認め、(二)及び(三)の各事実は不知。
亡功は、昭和五二年六月ころより、原告らとは別居し、離婚状態にあつたから、同人の死亡による慰謝料は、大幅に減額されるべきである。
三 抗弁
1 正当防衛
かりに、被告の行為と亡功の死亡との間に因果関係があつても、被告の行為は正当防衛であり、違法性がない。
亡功は、本件事故直前に電話で被告に対し「ぶつ殺す」等と告知したばかりか、加害車のボンネツトを手でたたき、更にフエンダーミラーを掴み、指輪をした手で窓ガラスをたたく等したうえ、「開けろ、出て来い」等と叫んだ。このため、被告は、訴外鮎沢竹子(以下「訴外鮎沢」という。)と共に同車両内に監禁された状態となり、自己及び訴外鮎沢の身体生命に危害が加えられることが予想されたので、已むを得ず同車両を時速約四ないし五キロメートルで約一〇メートル進行させ、なおも追跡してくる亡功から逃れるため時速一三キロメートルに加速したものである。
2 過失相殺
かりに、被告に過失があるとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。
亡功は、被告が被告車両を発進させようとしている際、これに執ように追随し、危険をあえて冒して追跡を行なつたものである。よつて、本件事故についての亡功の過失割合は、九割以上である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(正当防衛)の事実は否認する。
被告は訴外鮎沢と共に亡功より逃げようとの意思があつたのみで防衛意思を欠くのみならず、仮に防衛意思があつたとしても亡功の不正行為を誘発する行為をしているため、正当防衛は成立しない。
2 抗弁2(過失相殺)の事実は否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1(身分関係)の事実は当事者間に争いない。
二 同2(事故の発生)について
1 同2の事実のうち、被告が、原告ら主張の日時・場所において、亡功が加害車側面にいた際に、同車を急発進させた事実は当事者間に争いない。
2 そこで、本件事故態様すなわち、亡功の転倒の有無とその原因について判断する。
(一) 成立に争いない甲第七号証の三(実況見分調書)、四(同)、五(捜査報告書)、六(車輌見分報告書)、七(恩田克哉の司法警察員に対する供述調書)、九(被告の司法警察員に対する供述調書)、一二(同)、一三(同)、一五(同)、第八号証の一(被告の検察官に対する供述調書)、二(同)、四(同)、五(同)、六(恩田克哉の検察官に対する供述調書)、第九号証の四(鮎沢竹子の速記録)、六(検証調書)、七(同、但し後記採用しない部分を除く。)、九(被告の速記録、但し後記採用しない部分を除く。)、被告本人尋問の結果(但し後記採用しない部分を除く。)並びに前記争いない事実等弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
(1) 被告は、亡功と昭和五一年ころより同棲していた訴外鮎沢と親しくなつて数日間被告アパートに宿泊させ、情を通じる等していたところ、昭和五四年一〇月一〇日午前零時三〇分ころ、当夜亡功より被告との関係を詰問され、暴行される等した訴外鮎沢より迎えに来るよう依頼され、自ら加害車を運転して同女と亡功とが同棲していたアパート付近まで行き、同女を自己リアパートまで連れ帰るべく同車助手席に乗車させ、加害車を方向転換させようとして、原告主張の場所付近道路脇の駐車場を利用して、同車の切り換えしをしていたところ、訴外鮎沢の後を追つてきた亡功に発見されてしまつたこと
(2) 亡功は、加害車の発進を阻止するべく、同車前方よりこれを押し留めようとしたり、同車右側方(運転席側)にまわつてフエンダーミラーを手で掴んで揺つたり、また、運転席ドアの取つ手(ノブ)を掴んでこれを開けようとし、「開けろ。出て来い。」等と叫んだり、ガラスを叩いたりしたこと
(3) 被告は、同車運転席側のドアを内側より施錠し、右駐車場より加害車をノロノロと発進させたが、亡功は、なおも、運転席ドアの横を、同ドア取つ手(ノブ)を掴んだまま、一〇数メートルの間加害車と共に歩行してきたこと
(4) 被告は、亡功が前同様の状態で加害車と並進してきたのを知りながら、加害車を時速約一五キロメートルに急加速したため、亡功は、原告主張の時刻ころ、同主張の場所付近路上(アスフアルト舗装)に転倒したこと
(二) 右(一)に認定した事実に反する部分につき、甲第九号証の二(第一回公判調書中の被告の陳述部分)、七(検証調書中の被告の指示説明部分)、九(被告の速記録)及び被告本人尋問の結果は次に述べる諸点に照らしこれを採用できず、他に、右(一)に認定した事実を覆すに足りる証拠はない。
(1) 右(一)の認定に供した証拠中、被告の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、成立に争いのない甲第七号証の一(捜査報告書)、八(被告の司法警察員に対する供述調書)及び第九号証の五(証人田中昌和の速記録)並びに前掲甲第七号証の四(実況見分調書)によれば、被告は、本件事故が表面化した直後は、訴外鮎沢に自ら加害車を運転して同女を迎えに行つた事実を捜査官に伏せるよう指示し、同女と共に、取調べ当初は、同旨の供述をしていたものの、第二回めの取調べにおいて、自己の運転により亡功が転倒した事実を認めて以来、捜査段階においては、一貫して同様の供述をしており、同人は、右は捜査官よりこうじやないかと強く誘導されたため、どうでもよくなつて虚偽の供述をした旨述べるが、前掲甲第七号証の一二(被告の司法警察員に対する供述調書)によれば同人は、それまでに七回刑事事件により警察の取調べを受けていることが認められ、また、同人の本法廷での供述態度はしつかりしていて易すく誘導されるような人柄とも見られず、被告の右供述のみから、本件亡功の転倒の事実に関する捜査段階での供述がすべて虚偽であるとは考えにくいこと
(2) 前掲甲第九号証の四(鮎沢竹子の速記録)によれば、前記認定のとおり、被告と情を通じ、当夜もその下へ行く途中であり、殊更被告に不利益なことを述べるとは考えられない訴外鮎沢が、被告に対する刑事公判廷において同人より、本件事故現場を走り去る加害車中における被告の発言について、「亡功が、立つてる」旨の発言をしたのではないかとの質問に対してもなお「起き上がつた。」という趣旨に聞きとれたと証言していること
(3) 前掲甲第七号証の四(実況見分調書)、五(捜査報告書)、七(恩田克哉の司法警察員に対する供述調書)、第八号証の六(同人の検察官に対する供述調書)及び第九号証の五(証人田中昌和の速記録)によれば、亡功のサンダルが、本件事故現場である道路上より、被告が加害車を運転して立ち去つた後三〇分を経ない時刻に、片一方ずつ、二メートルも離れてバラバラに放置されている状況で発見されたことが認められること
(4) 弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証(死体検案書)、成立に争いない甲第七号証の二(検視調書)、第八号証の七(鑑定書)及び第一一号証(証人辻勇の証人尋問調書)、前掲甲第七号証の一(捜査報告書)、五(同)、七(恩田克哉の司法警察員に対する供述調書)、第八号証の六(同人の検察官に対する供述調書)によれば、亡功は、被告が加害車を運転して本件事故現場である道路上より立ち去つた後三〇分も経ない時刻に、同所より一〇数メートル離れた道端に意識不明の状態で倒れているのを発見され、病院に収容されたが、そのまま意識を回復せず、三日後の昭和五五年一〇月一三日午後二時二三分ころ、死亡するに至つたが、同死体には死因となつた頭蓋骨々折(約三四センチの不完全な円形の線状骨折、同骨折から派生する四本の線状骨折、矢状縫合離開を伴なう)急性頭蓋内血腫の他、右手甲部に大豆大の擦過傷二個、左手甲部に米粒大の擦過傷三個、左肩甲骨よりやや中央よりに拇指頭大の皮下出血と下唇部に小指頭大の、背柱部上部にくるみ大の、左手掌に米粒大ないしえん豆大のそれぞれ擦過もしくは打撲傷があつたこと、右死因となつた頭部損傷は作用面の広大な硬固な鈍器による打撃から生じたものであり、アスフアルト路上に転倒し、後頭部を打つことにより生じうること、及び本件後頭部による傷害により意識混濁が生じたとしても一〇数メートルの歩行は可能であることが認められ(亡功の死因と死亡の日時場所は当事者間に争いない。)他方後記三3記述の如く、本件事故以外には亡功の右受傷の原因を考えにくいこと
以上の諸点に照して見れば、亡功が転倒したことはない等の本項(二)冒頭掲記の被告の供述等は採用できないものと言わざるをえない。
(三) 以上のとおりであるから、本件事故態様は、原告ら主張のとおりであつたものと判断できる。
三 請求原因4(一)(亡功の死亡と本件事故との因果関係)について
1 亡功が原告ら主張の日時・場所において、同主張の傷害により死亡したことは当事者間に争いない。
2 亡功が、本件事故現場付近より、本件事故直後に、意識不明のまま倒れている状況で発見され、頭部に死因となる損傷を受け、その受傷原因がアスフアルト道路等作用面の広大な硬固は鈍器によるものである等は前記二2(二)(4)に認定したとおりである。
3 ここで、亡功の死因となつた損傷が、本件事故による転倒以外に考えられるかにつき一応検討してみるに、
(一) 前掲中第七号証の五(捜査報告書)及び第九号証の七(検証調書)によれば、亡功が倒れていた場所はコンクリート舗装の工場敷地であり、その出入口に張られた高さ〇・四六メートル程度の鎖の下であつたことが認められるので、同鎖につまづいたものとの仮定も一応考えられようが、つまづいた場合前頭部を打撲するものと通常考えられるのに死因となつた頭部損傷は後頭部の打撲により生じていること、及び、亡功が道路より殊更に工場敷地に入つて行こうとしたとは考えにくいこと、更に、同所での転倒により致命傷を生じたものとするには、前記認定のサンダルの放置されていた状況が説明しにくいこと等から右仮定事実の生じたと考えられる可能性は少ないものと言わざるをえない。
(二) 次に、他の受傷原因として、他の交通事故あるいは喧嘩等他の者による暴行等も観念的には考えられるが、他の交通事故等によつたとすれば、通常、前記死因となつた後頭部の傷害の他にも受傷し、また、現場にブレーキ痕等事故の痕跡等が残つたり、付近住民が急ブレーキの音や衝突音や口論等を聞くと考えられるのに、前記検視調書や鑑定書によつても右致命傷の他に重大な傷害の記載はなく、また本件全証拠によるも他に交通事故や喧嘩等の存した節にも窺われず、右の可能性も少ないと言わざるをえない。
4 以上の諸点を総合考慮すれば、亡功の死因となつた頭部損傷は、本件事故の際の転倒によるものと推認でき、これを妨げるに足る証拠はない。
四 請求原因3(責任原因)について
1 車両の運転者は、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき義務を負つている(道路交通法七〇条)ところ、車両の運転席ドアの取つ手(ノブ)を掴んでいる者がいた場合同車両の運転者としては、同車を急加速したときは、ノブを掴んでいる者を転倒させたりすることを予見し、その結果を回避するべく、ノブを離すよう注意し、これをはなすまで急加速を避けるべき義務があるものと考えられる。
2 これを本件につき見るに、前記認定の本件事故態様と同認定に供した各証拠を総合すれば、被告は、亡功が運転席ドアのノブに掴まつていたのを知つていたのであるから、このまま加害車を加速したときは、亡功が転倒し、重大な結果を招来させるかもしれないことを予見し、同人がノブから手を離し、加害車脇から立ち去るまで加速するのを避けるべき注意義務があるのにこれを怠り、亡功より逃げようとの気持の余り、右予見義務及び結果回避義務を尽さなかつたものと認められ、この点において、民法七〇九条に定める過失があるものと言える。
五 抗弁1(正当防衛)について
1 前記認定の本件事故態様に、前掲甲第九号証の四(証人鮎沢竹子の速記録)及び九(被告の速記録)並びに被告本人尋問の結果を総合すれば、亡功は、本件事故直前に訴外鮎沢に相当の暴行を加えたうえ、被告にも電話で「ぶつ殺す。」等と威したりし、本件事故現場付近においても加害車のフエンダーミラーを揺つたり、指輪をした手で窓ガラスを叩いたり、更に、運転席ドアのノブを持つてこれを開けようとしながら、「出て来い。」等と叫び、加害車がゆつくり走り出しても右動作を止めず、追走してきた事実が認められ右事実と、本件事故に至るまでの訴外鮎沢、亡功及び被告の前記認定の如き関係を考慮すれば、亡功は被告及び訴外鮎沢の身体に何らかの危害を加えようとしていたものと推認でき、被告がこれを防衛するため、加害車を加速走行させたものと認めることができる。
2 しかし、右認定の事実及び同認定に供した証拠によつても亡功が訴外鮎沢及び被告の生命を奪うまでの危害を加えようとしていたものとは考えられず、他にこれを認めることのできる証拠はない。一方加害車を急加速せしめることは、亡功を転倒させあるいは死亡等の重大な結果を生ぜしめるおそれのある行為であることは前記認定のとおりであり、してみれば、被告が加害者を急加速したことは、前記防衛のための程度を越えたものと考えざるをえず、右事情は単に後記過失相殺の際に斟酌されるに留まり、正当防衛としてその違法性を阻却するものとはいえない。
六 抗弁2(過失相殺)について
前記認定の事故態様よりすれば、亡功は、走り去ろうとして、ゆつくり走つていた加害車のドアを開けようとしてその取つ手(ノブ)に掴まつていたのであり、同車が急加速した場合には自ら転倒し、死亡等重大な結果が生ぜしめるかもしれないことを予見し、これを避けるべき注意義務があるのにこれを怠り、自らの死亡という結果を生じさせた過失があり、これと、前記正当防衛に対する判断において認定した如く、亡功は被告らに何らかの危害を加えようとしていたことも考えられることを併せ考慮すれば、本件事故により亡功及び原告らに生じた損害額を定めるについて、亡功の右過失と被告のそれとを五対五として斟酌するのを相当としよう。
七 請求原因4の(二)ないし(五)(損害額)について
1 同(二)(亡功の損害額)
(一) 入院関係費 以下合計 八万二七〇六円
(1) 入院治療費
原告艶子本人尋問の結果及び同結果により成立の認められる甲第三、四号証の各二(診療報酬明細書)によれば、亡功は本件事故により四日間入院し、これに要した費用は二万四五九〇円であることが認められる。
(2) 付添看護料
原告艶子本人尋問の結果及び同結果により成立の認められる甲第一二号証(付添看護自認書)によれば、亡功は四日間の入院期間中付添看護を要したものと認められ、右に要した費用は、一日二八〇〇円、合計一万一二〇〇円を相当とする。
(3) 休業四日間の損失
弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一三号証の一(休業損害証明書)及び原告艶子本人尋問の結果によれば、亡功は、当時有限会社いずみ食飯センターに勤務し、死亡当時月収二四万〇六一四円を得ていたこと及び右入院中の四日間これを得られなかつたことが認められるので、右休業損害は三万二九一六円と認められる。
(4) 入院中の苦痛に対する慰謝料
前記認定の事故態様及び傷害の程度によれば、亡功の入院中の苦痛を慰謝するには、一万一二〇〇円を相当とする。
(5) 入院中の諸雑費
亡功の入院四日間に要した諸雑費は二〇〇〇円と認めるのを相当とする。
(6) 文書料
甲第三、四号証の各一(診断書)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは医療機関より診断書二通を得ていることが認められ、弁論の全趣旨によりその費用は少くとも八〇〇円を要したものと認められる。
(二) 逸失利益 四三〇五万七〇七〇円
成立に争いない甲第二号証(戸籍謄本)及び原告艶子本人尋問の結果によれば、亡功は、健康な男子であつたが、三七歳で死亡したことが認められるので、同人の就労可能期間は三〇年と考えられる。
亡功の収入であるが、同人は、前記認定のとおり有限会社いずみ食飯センターに勤務し収入を得ていたほか、原告艶子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一五号証(休業損害証明書)によれば、亡功は訴外小林登の経営するスナツクにもアルバイトとして勤務し収入を得ていたことを認めることができる。しかし、後者の収入はあくまでアルバイト収入であり、将来長期に亘り継続してこれを得られるかどうか疑問があり、これを全額逸失利益の算定の基礎とすることは相当でないが、アルバイト収入を得ている事実を考慮し、前記有限会社いずみ食飯センターよりの収入を上まわる労働省の賃金センサス昭和五三年度第一巻第一表全国性別・学歴別・年齢階級別平均給与額表男子労働者学歴計三五~三九歳の給与額に、労働省労政局調べによる昭和五四年度民間主要企業春季賃上率六・〇%を乗じたものを算定の基礎とすることとし、将来の生活費を収入額の三五%と見、中間利息をホフマン式により算出してそれぞれ控除すると、次の算式により、四三〇五万七〇七〇円となる。
(222,700×12+793,800)×1.06×(1-0.35)×18.029=43,057,070
(三) 死亡に至る苦痛の慰謝料 七〇〇万円
前記認定の本件事故に至る経過、本件事故態様(但し、前記過失相殺において斟酌した点を除く。)、亡功の家庭における地位及びその死亡状況等を考慮すれば、同人の死に至る苦痛の慰謝料は七〇〇万円を相当とする。
2 原告らの損害額
(一) 葬儀費等 一四〇万円
(1) 葬式費用
原告艶子本人尋問の結果及び同結果により成立の認められる甲第一四号証(借用証)によれば原告らは、亡功の葬式費用として一一〇万円を要したものと認められるところ、亡功の年齢、職業及び社会的地位等を考慮し、本件事故と相当因果関係にあるものとしてはそのうち七〇万円をもつて相当とする。
(2) 墓地購入費及び石碑建立費等
弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一六号証及び第一七号証の二(いずれも領収証)並びに原告艶子本人尋問の結果によれば、原告らは主張のとおり墓地購入費及び墓石建立費等として二一五万円を要したことが認められるものの、墓地・墓石は遺族のためにも使用される可能性も存し、また、すべての場合に必要不可欠なものとも考えられないので、亡功の年齢・職業及び社会的地位等を考慮し、本件事故と相当因果関係あるものとしては、右のうち七〇万円をもつて相当とする。
(二) 原告ら固有の慰謝料 各自二〇〇万円
前掲甲第九号証の四(証人鮎沢竹子の速記録)、成立に争いない甲第七号証の一一(古屋艶子の司法警察員に対する供述調書)及び原告艶子本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)によれば、亡功は、昭和五一年ころより原告らとは別居し、訴外鮎沢を内縁の妻として世帯を持つており、原告艶子には殆んど会わないばかりか生活費も殆んど渡さなかつた状態が死に至るまで継続していたことが認められ、右事実によれば原告艶子と亡功の夫婦関係は破綻に瀕していたともいえ、これらの事実と原告らと亡功との身分関係及び原告らが亡功の前記認定にかかる損害を相続すること等を総合考慮し、亡功の死亡による原告らの精神的苦痛の慰謝料としては各自二〇〇万円をもつて相当とする。
(三) 弁護士費用 各自五〇万円
本訴認容額及び本件訴訟の難易度等を総合考慮し、本件事故と相当因果関係ある損害としての弁護士費用は各原告につき五〇万円をもつて相当とする。
3 損害のてん補 各自六六九万四二三五円
原告らが自賠責保険より総額二〇〇八万二七〇六円の支払を受け、それぞれの原告につきその三分の一宛の金額をもつてその損害をてん補されたことは当事者間に争いない。
4 総計 各自 五四九万五七二七円〔更正決定各自三三九万五七二七円〕
以上、各原告とも、亡功に生じた損害の三分の一を相続したものであるからこれに、原告らに生じた損害を加え、前記過失相殺五割を斟酌し、自賠責保険よりてん補されたものを除き、弁護士費用を加えると、以下の算式により五四九万五七二七円となる。〔更正決定三三九万五七二七円となる。〕
〔(82,706+43,057,070+7,000,000)×1/3×1,400,000×1/3+2,000,000〕×0.5-20,082,706×1/3+500,000=5,495,727
〔更正決定=3,395,727〕
八 結論
以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、各原告につき五四九万五七二七円〔更正決定三三九万五七二七円〕及びこれに対する不法行為の後である昭和五五年五月一五日より各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田村洋三)